Skip to content

Querencia Journey – Find Where You Belong

東ヌサトゥンガラ·インドネシア

霧の向こうで、暮らしの記憶が静かに息づく村。

昔から続く石畳を歩くたび、人々の営みが今も足元に残っていることに気づく。

Sasmita - The Wisdom Within

Every Place Has Something to Teach

帰る場所は、見つけるものではなく育まれるもの

ワエ・レボ村

居場所

家とは建物だけを意味するものではありません。毎朝交わす挨拶や、人を自然に受け入れる温かさの中で、本当の居場所は少しずつ育まれていきます。ワエ・レボでは、「迎え入れること」が暮らしの一部になっています。Querencia は、この村を訪れた記憶だけではなく、「人とのつながりが帰る場所をつくる」という気づきを持ち帰っていただけることを願っています.

帰る場所は、見つけるものではなく育まれるもの、ワエ・レボ村
Liora - The Light

Discover The Meaning Behind Every Place

「武士道 ― 生涯を貫く「名誉」の道」のイラスト

武士道 ― 生涯を貫く「名誉」の道

日本 名誉・誠実・責任

ある武士は、約束を破れば命を救えるという選択を迫られました。しかし、その代償は自らの名誉を失うことでした。命を守るか、信念を守るか。その問いに対し、多くの武士は後者を選びました。彼らにとって名誉とは、命よりも重い価値だったのです。

この生き方は武士道と呼ばれます。武士道とは、戦うための教えではなく、人としてどう生きるべきかを示す精神です。正直であること、約束を守ること、自らの行動に責任を持つこと、そして誰も見ていなくても正しい行いを貫くこと。その積み重ねが、本当の強さにつながると考えられてきました。

武士の時代は終わりましたが、その精神は今も日本の暮らしの中に息づいています。仕事に誇りを持つ職人、失敗から逃げず責任を果たす人々、勝敗にかかわらず相手への敬意を忘れない選手たち。武士道は歴史の中だけに残るものではなく、今日の日本にも受け継がれている「生き方」の一つなのです。

「おもてなし ― 見返りを求めない思いやり」のイラスト

おもてなし ― 見返りを求めない思いやり

日本 敬意・誠実・思いやり

駅のベンチに財布を置き忘れたことに気づいた旅行者は、不安な気持ちで数時間後に戻ってきました。ところが財布は、中身がそのままの状態で遺失物として大切に保管されていました。謝礼を求める人も、感謝の言葉を期待する人もいません。日本では、このような出来事は特別なことではなく、日常の一場面として受け止められています。

その背景にあるのが「おもてなし」という考え方です。おもてなしとは、相手を心から思い、言葉にされる前に必要なことへ気づき、見返りを求めずに行動する姿勢を意味します。その精神は茶道の文化の中で育まれ、相手を敬い、心地よい時間を届けることを大切にしてきました。

この心は、今も日本の暮らしの中に息づいています。頼まれる前に水を注ぎ足す店員、乗客一人ひとりに礼をする駅員、道に迷った旅行者を目的地まで案内する人々。おもてなしとは、言葉よりも行動で相手への敬意を示す、日本ならではの文化なのです。

「間(ま)――余白が生み出す美しさ」のイラスト

間(ま)――余白が生み出す美しさ

日本 美意識・人生哲学・文化的価値

日本文化を語るうえで欠かせない考え方の一つが**「間(ま)」**です。「間」は「空間」や「間隔」と訳されることがありますが、その本質は単なる空白ではありません。言葉や動き、音、人との関わりに調和と深みを与えるために、あえて残される大切な余白を意味します。もし「間」がなければ、音楽は騒がしくなり、所作は慌ただしくなり、人と人との心のつながりも薄れてしまいます。

この思想は、日本の暮らしや伝統文化のあらゆる場面に息づいています。伝統建築では光や風を迎え入れる空間として、茶道では一つひとつの所作の合間として、書道では墨を置かない余白として表現されています。また会話においても、沈黙は気まずさではなく、相手の言葉を受け止め、思いやりをもって応えるための大切な時間と考えられています。

「間」は、人生を豊かにするものは、何かを増やし続けることだけではないと教えてくれます。あえて余白を残すことで心に静けさが生まれ、本当に大切なものを見つめ直すことができる――それが、日本文化が今も大切に受け継ぐ「間」の美しさなのです。

「富士講――謙虚な心を育てる巡礼の文化」のイラスト

富士講――謙虚な心を育てる巡礼の文化

山梨県 信仰・精神文化・人生の哲学

富士山は、日本で最も高い山というだけではなく、古くから神聖な存在として人々の信仰を集めてきました。その信仰から生まれたのが**富士講(ふじこう)**です。江戸時代、人々は身分や職業を超えて集まり、ともに学び、祈り、費用を積み立てながら、富士山への巡礼を人生の大切な行いとして受け継いできました。彼らにとって巡礼は山を征服することではなく、自然という神聖な存在を通して心を清め、自らを見つめ直すための旅でした。

すべての人が山頂へ辿り着けたわけではありません。年齢や体力、暮らしの事情によって登頂を断念する人も少なくありませんでした。それでも富士講では、結果よりも志を持って歩み続ける姿勢こそが尊いと考えられていました。一歩一歩の積み重ねが、感謝の心や謙虚さ、そしてより良い生き方へと人を導くと信じられていたのです。

富士講が現代へ伝える教えは、人生における本当の旅とは高みを目指すことではなく、自分自身の心を磨き続けることだということです。自然を征服するのではなく、自らの慢心を乗り越えることこそが、人として最も大きな成長なのです。

01/04
Rihla - The Journey

Where Every Journey Begins

目的地から探す

Credo - Our Belief

心に残る旅は、訪れた場所の数ではなく、そこで出会った人々、思いがけない会話、そして何気ない時間の積み重ねによって生まれると、私たちは信じています。 時間とともに薄れていく思い出もあります。 けれど、人とのつながりや、何度も語りたくなる出来事、ふとした瞬間によみがえる笑顔は、旅が終わったあとも静かに生き続けます。 Querenciaが大切にしているのは、新しい場所を巡ることではありません。 その土地で出会う人、その時間、その記憶を通して、「また帰ってきたい」と思える心の居場所を見つけることです。

Intimate

旅の本当の出会いは、予定表には書かれていません。 それでも、あとになって一番心に残るのは、そんな何気ない出会いだったりします。 食卓を囲む時間、偶然始まった会話、言葉が通じなくても自然と生まれる笑顔。 私たちは、人と人とのつながりこそが、旅を特別なものにすると信じています。

Authentic

本物の体験は、計画して手に入るものではありません。 ふと誘われた時間、地域の日常、小さな習慣。 旅程には書かれていない瞬間の中に、その土地らしさは静かに息づいています。 私たちは「見る旅」ではなく、その場所と人をありのまま受け入れる旅を大切にしています。

Meaningful

旅には終わりがあります。 でも、心に残る旅は終わりません。 帰国したあとも続く友情。 何年経っても笑って話せる思い出。 そして、いつの間にか自分自身の一部になっている経験。 Querenciaは、そんな時間を大切にしたいと考えています。

ご招待

すべての誘いが、どこかへ向かうためのものではなく、本当に価値ある誘いは、世界の見え方を変えてくれます。